都市計画

都市計画(としけいかく)とは、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るために、土地利用のあり方、都市施設(道路・公園等)の整備、市街地開発について計画を策定し、その実現を図ることであるといえる。

<概要>
一般に、都市とは物的に見れば、幹線道路・鉄道・上下水道・大規模公園などの基幹的都市施設、街割(街区割り・敷地割り)によって形成される街路・小公園等の地区基盤施設と宅地、宅地上に建築される建築物、学校・病院等の公共公益施設などから構成される。こうした諸要素の相互関係を適切に保つことが都市計画の基本的な役割であることから、都市計画の構成要素も、都市基幹施設や公共公益施設の配置計画、街割の計画(市街地開発の計画)、建築(土地利用)の規制に関する計画からなることが一般的である。街割の計画は制度的には「土地区画整理事業」「開発許可制度」等を通じて実現される。建築・土地利用の規制は、地域(ゾーン)を区分して異なる規制を課すところからゾーニング(zoning)と呼ばれる。都市基幹施設や土地利用の概略的な配置計画を都市全体について定めておき、個々の地区を開発する際に街割と地区施設、建築規制の計画を一体的に定めた地区詳細計画を定め、これに従った開発を強制する方式もドイツ等では採用されている。
また、都市の整備に関する工学的な学術を都市工学、都市空間の意匠やデザインを都市設計やアーバン・デザインといい、法的制度としての「都市計画」の枠組みにこだわらず、より広い観点から都市空間や都市社会を改善・形成しようとする活動、特に、いわゆる「草の根」型の活動、すなわち住民・市民主導の側面が強く、対象とする地域規模が小さい活動をまちづくりということが多い。

<都市計画の歴史>

・ルネサンスの理想都市
・バロックの都市計画
・オスマンのパリ改造 など(スタブ)
[編集]近代都市計画の発展
産業革命以降、農村から都市部への人口流動が加速していった結果、急増する人口に都市が耐え切れず様々な問題が発生したことへの対応として、近代的な都市計画制度が生まれてきた。産業革命が最も早く起こったイギリスでは、1845年にエンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』に悲惨な生活ぶりが報告されている程で、1848年に公衆衛生法が制定され、この法律の発展に従い、建築や都市施設に対する基準が定められるようになった。また、良好な居住環境を実現するため、田園都市構想が提唱され、20世紀になると政府によるニュータウン建設が行われるようになった。近代建築運動の中では都市への関心も高く、ル・コルビュジエによる高層建築主体の「輝く都市」の提案などがあった。また、自動車交通の増大が大きな課題になり、自動車交通から保護された日常生活環境を実現する近隣住区理論などが提唱された。

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