■ 建築
建築(けんちく)とは、 人間が活動する空間を内部に持った構造物を、計画、設計、施工そして使用するに至るまでの行為の過程全体、あるいは一部のこと。また、そのような行為によって作られた構造物そのものを指すこともある。ただし、本来後者は建築物と呼ぶのが適切である。
後述のように、建築とはArchitectureの訳語であるが、Architectureは個々の建物ではなく、建物を造る行為(過程、技術)を指す。個々の建物(Building)を示す場合は「建築物」と呼ぶべきところであるが、実際には混同されて使われることも多い。また、芸術的な作品を建築と呼ぶべきだと考える人もいるが、これもArchitecture
- Buildingの区別とは関係ない。
ローマ時代の建築家、ウィトルウィウスが著した、現存する最古の建築理論書「建築書(建築論、建築十書とも)」によると、用(utilitas)・強(firmatis)・美(venustas)を兼ね備えることが求められるものであり、これを実現する為に、芸術的かつ科学的見地に立たねばならないとされる。
建築の対象を大きく捉えると地域計画・都市計画・景観デザインなどの総合的な環境デザイン構築、コミュニティ形成までに関わり、小さくは室内の家具、小物に至る物作り全般までに関わる。しかし、通常は一定の敷地を単位にして捉えられる。
日本の建築関連の法令の一つである建築基準法では同法第2条十三号により「建築物を新築し、増築し、改築し、又は移転することをいう」と定義されている。
<語源>
Architectureの訳語。明治初期には「造家」という訳語が当てられていた。伊東忠太(建築史家・建築家)は、1894年(明治27年)の「アーキテクチュールの本義を論じて其の訳字を撰定し我が造家学会の改名を望む」という論文の中で「世の所謂Fine
Artに属すべきものにして、Industrial Artに属すべきものに非ざるなり」と述べており、工学ではなく総合芸術としての属性を表す語として「建築」という訳語がふさわしいと主張した。
明治時代の英和辞典によると「建築の術なり」と解説されているのはconstructionであり、「建設」の意味で使用されていたようである。ただし建築という言葉自体はすでに存在しており、造家学会の機関誌は「建築雑誌」(1887年創刊)であった。また、北海道開拓使では「建築」を今日のArchitectureの意味で使用していた。
伊東の提案により、造家学会は建築学会と改称(1897年)、東京帝国大学工科大学造家学科は建築学科に改称した(1898年)。(明治初期には、建築のみならず西洋式の絵画も、建築図面を描くための工学[要出典]として輸入された。これらが工部省の所管する工部大学校・工部美術学校で教えられていたこともその現われである)
<建築のライフサイクル>
1. 企画・設計 2. 建設 3. 運用管理・維持保全 4. 廃棄処分(1及び2がイニシャル)
ライフサイクルコスト・環境負荷を考えた際、最大のものは期間の長い「3」の「運用管理・維持保全」である。 省エネ機器導入は運用費用が「安くなる」ため、「3」の数値向上はアピールしやすい。しかし「4」は施主にとって費用負担のメリットが薄く、適正廃棄のインセンティブに欠ける。
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